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Regnirt-sorpの日記

a recreational tennis player's bible

ガット張りの良し悪し

『成語大辞苑』にトルストイの言葉として「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」とあります。また、『世界名言大辞典』にも出典「アンナ・カレーニナ」(トルストイ)として同様の記述があります。

 
ガット張りの良し悪しは、トルストイの幸福な家庭と不幸の家庭に通じるものがあります。
 
「世界に一本しかない!」と張り手が出来栄えを自画自賛したラケットを使う機会もありましたが、良いガット張りのラケットは、幸福な家庭のように、どれも似たようなものであり、その理由はガットのテンション維持の技術だと思います。

ラケットによってはパフォーマンスを担保するようガット指定のラケットもありますが、通常は適正テンション範囲の表示があるだけです。

メーカーは適正テンション範囲内でガット張ってあれば問題ないというスタンスです。つまり、緩まないようにガット張りできるマシンと留め方が担保されていれば、メインストリングとクロスストリングのテンションとガットの適正バランスにつきるということです。
 
これまで私が利用してきた良いガット張りのほとんどは、整備された業務用マシンを使って、製造から2年以内のガットをラケットの適正範囲内のテンションで張ってありました。

複数のラケットを同時に張り替えるので、ガットが正しい手順で張ってあるのは当然わかります。また、張り上げや結び目が整って見た目が綺麗であるだけでなく、最低でも半年は問題なく使え、ガットが切れるまで気持ち良く使えます。使っていくとわかるのは、メインに比べクロスが随分緩く張られていることでした。
 
悪いガット張りは、使用にあたり不具合が見込まれるラケットです。最近悪いラケットを使う機会がないのでコメントが難しいですが、前述とは異なる張り方をしていると思います。

古い(安価)マシンを使い適正なテンションで張ることができていなかったり、ガットの留め方が悪くテンション維持に問題があったり、古いガットやポリの廉売品を使うために敢えて適正範囲外で張っていたり、出来上がりの見た目が均質でなかったり、不幸な家庭のように、ガット張りの悪さに応じたそれぞれに悪いラケットパフォーマンスになっていると推測しています。

悪いガット張りのラケットしか使ったことのない人が、張り方を誤らない良いガット張りを使えば「生きていて良かった!」と感動する人があっても不思議ではありませんが、そんなラケットを使ってテニスをしてきた人の感性には問題があります。

あるテニスショップのブログに書いていましたが、遠くから貴重な時間とお金を浪費してまでラケットを買いにくる人がいるようです。この人たちもおそらく悪いガット張りを平気で使ってきた感性でしょうが、このテニスショップにそのことを見抜かれ、良いカモになっているようにみえます。

購入者によるメールのラケットの感想からは、カモられていることが明確に読み取ることができますが、別の見方をすれば、少し大袈裟に書いてある社交辞令の感謝メールをそのままブログに掲載するテニスショップの感性にも同じ位の違和感を持ってしまいます。

 
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